細石流の山の夏草の - かとう ひさお

「本当にあんなに上まで登るんですか?」と,日ごろの運動不足のため,丸々と肥えている筆者は, 調査団長の大石先生に,聞き返してしまった。ちょっと一息,まわりを見渡すとスカイブルーのおだやかな海, 山に映える緑,8月のそんな風景が,登るべき頂を臨む億劫さを忘れさせてくれるようだ。

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麓から眺めたように,"けものみち"のような山道は続く続く・・・。息が荒れてくる。 でも,久賀島における対応者の方が事前に草を刈ってくださっているため,なんとか歩ける。 そうこうしていると,石積みの柵?が見えてきた。目を凝らすと,十字架が刻まれた祠形の小さな石造物が柵の上に, いくつか載せられている。結界だろうか。一歩一歩が苦しくなった時,急に山道が明るくなってきた。 山の頂に着いたのだろうか,柵の間の開いた入り口を入ると平坦地となった。やっと墓域に着いたようだ。

耳を澄ますと,平坦地の数十メートル先から,チェーンソーの音が聞こえてくる。 対応者の方は調査団の到着の前に生い茂ったブッシュを切ってくださっている。 われわれも,鎌と鋸を片手に高々と生い茂った夏草を刈る。草を刈っていると,突然,数匹の蜂がこちらへ向かってきた。 O君が刺されてしまった。いきなり,蜂の洗礼,神聖な墓域に入る緊張感?を痛さと恐怖で味わう。

十字架

草がある程度,刈れたようなので,奥側の墓域に向かう。「おーっ!」という喚声が聞こえる。 目の前には,巨大な十字架が荘厳にそびえている。そして,調査開始。測量をしていると平坦地の北側に断崖が・・・, 足を滑らさないように注意注意。振り向けば,ブッシュの隙間にあの海が見える。断崖絶壁からの眺望, 振り返れば巨大な十字架と神聖な墓域,夏草に包まれた細石流におけるキリスト教史の一断片のベールが剥がされていく瞬間である。

ところで,墓とはその人が生きたことをあらわす1つの証である。数百sもあろうか大きくきれいに成型された墓石, ひとつひとつ"のみ"で丁寧に刻まれた文字,刻まれた均整のとれた十字架,これらを見ていると, 残された遺族の故人に対する深い想いを感じてしまうのは筆者だけではないだろう。また,以前から, 大石先生からお聞きしていたことだが,明治期のキリスト教禁教からの解放以降,こうした墓が建てられたことは, 「それらの墓は,潜伏キリシタン信者にかかっていた抑圧から,信仰の自由への開放を謳歌するように立派なものである。」 と表現できるように,当時の信者の思いを直接語りかけてくれる大変貴重な,歴史の証言であるのだ。

さて,長崎市にあるグラバー家のものを含む外国人墓地は,同じキリスト教式の墓域としては,大変よく整備されている。 グラバーという日本近代史にとって,重要な人物を含んではいるが,他にもさまざまな西洋人とその家族・子孫にかかわる 墓域全体の墓道や区画,さらには案内板,経路に道標までもよく整備されているのである。

一方,改葬に伴う無造作に積み上げられた墓石,崖に落ちかかった墓石,夏草に埋もれている墓石, 埋もれていく個人史や故人への想い。細石流に限らず,久賀島の近代キリスト教墓の多くが,このような状況にある。 国内の近代キリスト教の歴史の解明において,最も重要な証人でもあるこのような資料が夏草に埋もれていくような状況なのである。

ところで,五輪教会の移築保存の経緯を聞くと,大変な苦労があったとのことであった。 あの美しい五輪教会を見ていると,島の方々の教会への想いが伝わってくるようである。 近代キリスト教史の解明においても,このような墓群は重要性はいうまでもなく,さらには,五輪教会とともに, こうした景観を含むキリスト教墓の保存・整備は,久賀島の観光資源にもなりうるかもしれない。 言い換えるならば,景観とともにキリスト教墓を保存・整備することは,当時の島民の想いや歴史を島外に発信するための ひとつの重要な手段になるとも思えるのである。

最後に,久賀島は急峻な地形が主であり,稲作をはじめとした農業をおこなうには,困難な土地だと思える。 また,今回の調査でいくつかの地区のキリスト教墓を巡ったが,山中にある段々畑や水田をみると, 農業の開墾や保守にともなう島の方々の長年の苦労を感じる。"椿の里"では毎食,島内産の"新米"を頂くことができた。 8月中旬に"新米"をである。美味しい"新米"のご飯を噛みしめるたびに,島の方々の長年の苦労を感じていた。 一方で,細石流では,あのような急峻な山の上に,あのような重い墓石を運んでいたことには驚かされた。 人力で運んだものだろうか。そうそう,"椿の里"での食事のとき,この島では昔は子どもでも米1俵を運んでいたことを お聞かせいただいたんだった。過日の調査データを整理しながら,美味しい早稲の"新米"と,島の方々の"生きる"強い力, そして層の厚い歴史を回想しながら,筆をおくことにする。

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