久賀島の心に触れる - 石原 浩

「福江行きのフェリーは出ますか?」盆明けの台風十四号が接近するなか、 椿の里で朝食をとりながら、滞在中のお世話をしてくださる人に尋ねた。 「欠航だね。」「台風が来ると島は大変ですね。」「じたばたしても始まらない。」 僕はおもむろに受話器をとり、欠航のため帰れない旨を職場に電話した。

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この島を訪れた目的は、石塔研究で著名な大石一久先生率いる久賀島キリシタン墓調査に合わせて、 島の仏神像を調査するためだった。僕は熊本県八代市の博物館で仏教美術を勉強している学芸員。 博物館の仕事の都合で、田ノ浦神社と田ノ浦薬師堂の調査を終えた僕は、皆より一足先に帰る予定だった。 しかし台風がそれを拒んだ。だが、足止めされた二日間、島に息づく信仰の一端を観じ、 島の人たちの優しさに触れ、自然の雄大さを体感した。僕はこの島の心に触れることができた。 今はそんな気がするのである。

神社

台風の接近は深夜。前後の日中は雨風も弱く、公民館の方に道先案内をお願いし、僕はひたすら寺社祠堂を回った。 最初は戸惑った。期待した中国朝鮮からの渡来仏はなく、祠堂の仏たちは、正統的なまつ られ方とは違って、複数の宗派の信仰形態が混在していたからだ。ところが、同じような状況をくり返し見ていくうちに、 僕はあることに思い当たった。 仏教教義へのこだわりは抜きに、ただ純真に神仏に祈るという庶民信仰が、この島では今も息づいているのではないか。 普段は美術史の観点から古仏にばかり目を向けていた僕は、この島で「信仰」という原点に立ち返った。 道中、寺社にまつわるいくつもの伝説を聞いた。 我々の調査に同行してくれた探険家の橋大輔さんも、高麗島伝説を追い求めているという。この島では伝説も生きているのだ。

途中何度か、島の人に話を伺った。石塔の由来を話してくれた地域の人は、僕らが島 を巡り、いよいよ日が暮れて雨風が強くなっていた帰り道、僕らの通過を玄関で待ち続け、 大きな西瓜を持たせてくれた。こんな親切を何度も味わった。たまたま話を聞いただけの縁で、 歓待してくれる島の人たち。皆さんの温かく何気ないもてなしが心に染みた。

今回、夏草が茂って、行くことのできなかった神社が二ケ所ある。 きっと、再訪のきっかけを残してくれたのだろう。
また訪ねたい久賀島。

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